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日本のホテル業界では、長い供給過剰の時代がようやく終焉をむかえ需要増に転じる・・・という期待が高まり、新しいホテルが開発されるサイクルに入りました。それはまた供給過多への予兆でもあり、ホテル業界は長い時間軸でそれを繰り返して発展して行きます。供給増はホテルのコモディティ化を促進しますが、そういう時にも安定して集客し続けるにはどういう要素を備えたホテル経営であるべきなのか、それは今新しいホテルを企画する上で最も重要な関心ごとであるべきです。ホテル経営は、数十年におよぶ長期間競争力を維持する必要があり、その間には市場環境の良い時期と悪い時期を必ず経験するので、「ホテルが足りないから」という短期的な状況が新しいホテル計画の主たる動機になることは危険であります。

ホテルが選択される主な理由の1つに「新しくてキレイだから」という項目が常に存在します。数十年のライフサイクルの中では、自社ホテルよりも新しい競合は必ず誕生してくるのであり、新規施設が有利になる土俵に乗らない策が大事です。ハード依存のモデルは後発有利であり、ソフト力で勝負することで先発有利の構造をつくることが必要になってくるのです。星野リゾートの本課題へのアプローチは、地方での105年に及ぶ運営事業の歴史から生まれた3つのソフト力にあります。

第1は、魅力を作り続け発信し続ける仕組みです。星野リゾートが長い間抱えてきた課題は、観光客が今来ていない場所に泊まる理由を創造する必要があるということでした。星野リゾート発祥の地である軽井沢でも、有名観光地でありながら7月と8月以外はオフシーズンであり、この2ヶ月のみで採算の合うホテル投資はできません。春にも秋にもそして冬にも泊まっていただく理由を創ることが仕事でした。その発想がリゾート再生を担った時期にも効果を発揮し、宿泊需要を自ら創造することでホテルの稼働を上げてきました。私たちはホテルのハードは舞台として捉えていて、その舞台で何を演じるかが泊まる魅力であると考えているのです。星野リゾートでは、新しい魅力の発想を各ホテル運営チームの責任の一つに位置づけ、その魅力を評価する役割を本部のサポートチーム側に持たせているところが特徴です。本部側が主導してつくり、施設側が予算の中で実行するという通常ありがちなプロセスとは真逆であるといえます。常にソフト面をフレッシュで露出力のある状態に保ち続ける仕組みを役割分担の中に内蔵させています。

第2は、運営チームの創造力を高めるフラットな組織文化であります。顧客と接しサービスを提供するスタッフ一人一人を、新しい魅力を創造するクリエーターとして捉えています。顧客とのダイレクトなやり取りの中から生まれた発想の中に、次の季節の魅力や新しいサービスのヒントがあり、考えながら接客することで日々生まれる発想を生かす仕組みが重要になります。経営情報の共有により、スタッフが考え発想しやすい環境を整えています。特に顧客満足度調査結果は、共有のみならず独自の分析ツールを提供することで、課題の抽出、解決策の発案と実行、新しい魅力の創出、フィードバックによる確認というサイクルを各施設のチームが自律して行うことができています。自由な発想を表現する機会、それをチーム内で正しく議論して精査していく意思決定プロセスを達成するために、日常の人間関係をフラットに維持するための文化が必要になります。奥入瀬渓流ホテルの苔プラン、トマムの牧場、界のご当地楽なども、フラットな組織文化が生み出した魅力であるのです。

第3は、地域との深い関係から生まれる持続可能な集客シナジー効果であります。軽井沢での105年の歴史の中でつねに意識してきたことは、ホテルと地域は一心同体であるということです。地域の魅力が高まることはホテルの業績に直結し、逆にホテルは地域の魅力を発信することで地域ブランド力を高めることに貢献できます。こうした地域での信頼関係に根付いた活動は、先発有利であり持続可能なのです。軽井沢ではエコツーリズムのピッキオが地域の自然を題材にしながら、クマの保護活動を通じて自然環境の保全に大きな役割を担っています。リゾナーレ八ヶ岳におけるMieIkenoワイナリーとのコラボレーションは、日本最大のワイン生産地におけるワインリゾートとして本格的な活動をサポートしています。星のや竹富島では地域伝統の大豆「クモーマミ」を島民の皆さんと一緒に復興させ、貴重な資源としての食材の保護と同時に、クモーマミから豆腐をつくることで魅力ある滞在プランを創造しています。OMO5東京大塚とOMO7 旭川では、ホテル周辺のレストラン、カフェ、バー、ショップ、ミュージアムの事業者の方々との協力関係を強化しています。全国的なガイドBOOKに載るのはごく一部の超有名店ですが、そうでないお店にも地域らしい魅力は沢山あります。それらが集まることで地域魅力を発信し、OMOが位置する場所の泊まる価値を高めていくという取組です。宿泊価値がすでに高い場所にホテルを建てるという発想から、ローカルでディーブな魅力が埋もれている場所にホテルを建て、ホテルのマーケティング活動を通じて場の価値を高め、宿泊需要を創り出すという発想への転換です。山口県長門湯本温泉では、温泉旅館「界」の開業準備を進めていますが、ここでは星野リゾートが温泉街全体のマスタープランを設計し、行政、他の温泉旅館、地元の事業者の方々と一緒になってマスタープランの実現を目指しています。この活動は、地域の新しい魅力を創造し、温泉街全体の活性化につながり、その中心に位置する界長門にとって先発有利の構造になると考えています。

星野リゾートはホテルを運営する時に、そのホテルの長期的な競争優位の構造を作り出すことを重視しています。市場環境の変化に左右されにくい持続可能な集客力の構築は、ホテルの供給が増加してくる今後、ますます重要な要素になってくると考えています。

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