Employee Interview
文化と自然を満喫する
空間演出「界 箱根」


黄 明奕(左)
株式会社 星野リゾート・アセットマネジメント 投資運用本部
金子 和貴(右)
株式会社HRK 界 箱根 総支配人
「界 箱根」改装の背景
コロナ後の箱根では、外資系やアッパーミドルスケールのホテルが相次いで開業するなど競争環境の変化もあり、客室仕様や設備の老朽化が課題でした。また、選ばれ続ける宿泊施設であるためには、ゲストエリアの刷新に加えて、良質なおもてなしや雇用の安定につながるスタッフの働く環境の改善も不可欠です。バックヤードには改善の余地が多く、特に、食事処と調理場の階が離れており、スタッフ動線の複雑さによる非効率な動きが多く発生していました。こうした課題を踏まえて、持続的な競争力と資産価値向上を目的に、改装の構想が始まりました。
“大人家族”がくつろぐ
「箱根ごこちスイート」を新設
金子:長期にわたって安定して運営できる施設にするために、バックヤードで大きく変更したのはお食事処の導線です。従来は厨房が1階、お食事処が3階にあり、食事を提供するスタッフに大きな負担が生じていました。今回の改装でお食事処を厨房と同じ1階へ移設したことで、スタッフの移動負担が解消され、業務の効率化とサービス品質の向上につながりました。さらには、この移設によって3階にスペースができたことから施設の価値をさらに高める「箱根ごこちスイート」の開発へと展開しました。
黄:これまで施設になかったスイートルームを新設することで、売上を押し上げることや新しい顧客層の獲得が期待できます。箱根エリアではコロナが明けた頃からインバウンドゲストの増加が顕著です。国内のゲストと比較して、長期滞在による荷物の多さや体格、家族同士の距離感や自宅の広さなどからくる空間認識の違いがあり、これまで国内基準で設計された旅館は狭さが否めないものでした。さらに、国内のゲストでも広くゆったり過ごしたいというニーズも一定数あり、こうした滞在を実現するために110㎡超の客室を計画しました。家族全員分のスーツケースを置けるような大型ワードローブやリビングと同じ広さの水回りエリアを設けるなど、豪華さだけではなく自邸で過ごしていただけるような滞在の在り方を模索しました。
金子:箱根エリアの旅行ニーズや競合施設が提供しているサービスを分析し、“大人家族”の滞在を想定しました。成人されたお子様を含む“大人家族”が箱根の魅力を存分に楽しみ、くつろぐことができる空間を「箱根ごこちスイート」で実現しました。実際に70 代のご両親を連れた40代の方にもご宿泊いただいており、高い評価をいただいています。
黄:一般的にスイートルームは客室稼働率の低さが課題になりがちですが、提供価値をじっくり検討し、高単価と高稼働の両立に取組みました。競合施設では少人数の2、3名旅が中心であるのに対し、「箱根ごこちスイート」をはじめ改装した客室では、リビングエリアと寝室エリアそれぞれに滞在ポイントをつくり、“大人家族”がほどよい距離感で共に過ごせる設計となっています。
文化とロケーションに着想を得た
「さわ茶屋」
金子:「界 箱根」の最大の資産は、湯坂山と須雲川に面した絶景ロケーションです。客室や大浴場からの眺めは象徴的で、四季の移ろいを感じていただけるシーンを演出してきました。今回の改装では、須雲川に面する中庭に箱根の歴史や文化に思いを馳せる「さわ茶屋」を新設しました。江戸時代、東海道を旅した旅人たちが、難所箱根路で疲れを癒すために茶屋に立ち寄ったという歴史があり、この“茶屋文化”を現代版に再解釈しています。過去から紡がれる文化的ストーリーと現代の体験価値が融合した、「界 箱根」の新たな魅力です。「さわ茶屋」では、木々が揺れる音、川のせせらぎなど、移り行く自然に浸りながら、茶屋の主人がふるまうお茶とお団子をお楽しみいただけます。滞在中に何度も立ち寄っていただくことでスタッフとお客様の接点が自然に増え、会話を楽しんでいただける場所です。マーケティング視点では、こうした取組みが顧客ロイヤルティの向上やリピーターの増加、長期的な収益安定につながっていきます。滞在の価値を向上させ、価格の納得感を生む仕掛けともいえます。
地域文化を紡ぎ広める
一体的な空間創出
金子:箱根文化を堪能いただくご当地楽として「寄木細工のずく引き体験」も始めました。従来は寄木細工を“知る”内容でしたが、改装を機に寄木細工の“制作体験”に刷新しました。職人の方と連携し、木材が寄木細工に仕立てられるまでの工程を聞きながら、いくつものパーツを組み合わせた「種木」をカンナで薄く削り出す「ずく」引きを行います。木材がどのようにして美しい模様の寄木細工に生まれ変わるかを学べるとともに、工芸が生み出される瞬間に立ち会える希少さも感じられる体験です。この体験ができるご当地楽専用の部屋を新設し、同じ空間にショップを併設することで、体験後に自然に商品を手に取っていただけるよう導線をつくりました。“知る”だけでなく“制作体験”をすることで、寄木細工への関心を高められています。売店単価は従来の平均約600円から約900円超へ上昇し、寄木関連商品で売店売上の約45%を占めるまでになりました。
黄:これは資産効率の観点でも非常に面白いですよね。一般的に体験スペースというのは時間帯によっては閑散としてしまい、利用しきれない懸念があります。今回のようにショップと体験をつなげることで、時間帯問わず利用され、価値を生む空間に変わり、売店と体験が互いに相乗効果を生んでいます。文化体験を自然に収益へとつなげられ、同時に地域社会への貢献にもなるモデルへ改善できたのではないかと思います。
立場を超えて価値を作る
「運営x資産運用の協働」
金子:コンセプトと既存の建物、立地、競合施設等、様々な角度から新たなパブリックスペースを企画していた際、新しい価値をどこまで生み出せるか見通せていませんでした。検討を進める中で、黄さんから、唐突に企画提案書が送られてきました。アセットマネージャーたる立場から要望と意見を述べるのではなく、立場を超えて企画の検討に踏み込んでくれていると感じました。
黄:実はあの案は、あくまでも会話や議論のきっかけになればと思い作成しました。「界 箱根」の川に面した希少なロケーション、日々移ろう箱根の自然や水辺の美しさが楽しめる中庭をより体感できるよう、施設周辺の空間を含めて設計するランドスケープ的な視点も踏まえて「さわ茶屋」を提案しました。
金子:完璧な企画が出てくると現場スタッフは意見を言いづらくなっていきますが、黄さんの案は余白があったからこそ、現場のオペレーション視点からどんどん意見を出せました。結果として、アセットマネージャーの投資回収の観点と星野リゾートの滞在演出の考えが自然と混ざり合い、”「さわ茶屋」は「界 箱根」の価値を押し上げる場所になる”という共通意識が生まれました。
黄:あの時から議論の質が明らかに変わりましたよね。今までの案件では、星野リゾートで企画したものをアセットマネージャーが投資家の代理として、チェック/投資判断をするという役割分担が明確な関係にありました。「界 箱根」においては、星野リゾートグループの企業文化である、立場を超えて侃々諤々に議論するフラットでマチュアな組織文化のもと、「界 箱根」の価値向上に向けて両社間で議論を重ねた結果、魅力的な施設改装に繋げられたと考えています。
高い運営力を実現する
ハードへの投資
黄:ホテルオペレーターと連携し、適切な投資運用をしていくことがアセットマネジメントに求められています。今回の改装施工費は当初より上昇し、老朽化による思わぬ追加工事も発生しました。こうしたコスト増がありながらも当初に想定した収益を達成するため、担当者全員で様々な案を検討し、集客力、収益性の向上を目指しました。結果として、連日、満室に近い稼働状況が続いております。(2025年10月時点)
今回の改装により、すでに短期的に成果を生んでおりますが、今後も継続できるかは運営力の深化にかかっています。工事費が高騰する環境下で、今後は既存建物に対して高い価値を生める工夫を施すことが重要になっていきます。
金子:売上が伸びても、効率的に運営できていなければ利益は残りません。「さわ茶屋」、「箱根ごこちスイート」の新設、ご当地楽やバックヤードの改善といった一つひとつの投資が、そのまま収益の改善につながります。バックヤードが快適になることでスタッフのパフォーマンスも向上し、お客様に選ばれ続ける施設になると期待しています。良い運営がそのまま収益、ひいてはリートの賃料に反映される、この構造があるからこそ、今回のリニューアルには大きな意味があったと感じています。
「界 箱根」から広がる、
資産価値向上のモデル
金子:寄木細工のずく引き体験のように、地域文化を価値として継続して理解できる体験に変換し、それを収益へつなげる導線づくりは、他施設にも応用できるモデルです。動線設計、空間効率、売店との統合など、再現性の高いノウハウが蓄積されました。
黄:「界 箱根」での経験を糧にして、リート全体の資産価値向上へとつなげていければと考えています。
金子:今回の改装を通じて、星野リゾートとリートが共に成長していくための土台となるような、確かな手応えを得ることができました。
箱根ごこちスイート:2室限定の「箱根ごこちスイート」はリビングにデスクスペースと床が一段下がったソファースペースを備え、滞在空間を点在させることで大人家族もゆったり過ごせる設えです。客室露天風呂からは四季折々の景色を楽しむことができ、専用の湯上り空間「石の間」では、湯涼みのひとときを過ごせます。

2025年8月13日 リニューアルオープン
箱根湯本・須雲川の清流に寄り添う温泉旅館「界 箱根」は、2025年8月13日にリニューアルオープンしました。全室がご当地部屋「箱根ごこちの間」となり、茶屋文化に着想を得た新たな憩いの場「さわ茶屋」、本格的な寄木細工を体験できる工房のようなスペースを新設しています。箱根の文化と歴史に身を委ねる滞在を楽しめる温泉旅館として生まれ変わりました。
- 帳簿価額(当期末) 2,465百万円
- 不動産鑑定評価額 2,950百万円
- 総客室数 34室
Profile
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株式会社 星野リゾート・アセットマネジメント 投資運用本部
黄 明奕
上海出身。美大卒業後に空間デザイナーとしてキャリアを開始し、不動産デベロッパーを経て2019年に星野リゾートに入社。海外開発案件を3年間担当し、2022年からは株式会社星野リゾート・アセットマネジメントにて、本案件を含む複数施設のアセットマネジメント・エンジニアリングを担当。
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株式会社HRK 界 箱根 総支配人
金子 和貴
2017年「周囲の人を笑顔にしたい」という想いで星野リゾートに入社し、界 松本、界 アルプス、星のや東京でサービスチームを経験後、2022年に界 箱根へ異動。その年に総支配人へ就任し、リニューアルを主導した。
