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想いをかたどり、価値へ変える、共創者たち。
Vol.1

東 利恵

Rie Azuma

東 利恵

Rie Azuma

東環境・建築研究所 代表取締役
建築家

波風を立てないように動く関係では、
面白いものは生まれてこない

星野リゾートの設計を長きにわたり手がけてきた東環境・建築研究所の東利恵氏。「本当にみんなが納得しながらも、妥協案とならないものを作るには、一緒に議論できる関係が大事。お互いにこれが良いと思っていることを曲げない時は、議論が喧嘩腰になることもある」と語る東氏だが、信念を曲げないその姿勢に、多くのパートナーが信頼を寄せる。東利恵が考える、仕事の哲学とは?

うわべだけの議論では、
面白いものは生まれない。

「建築の設計には『計画学』という学問の分野があり、ホテルであれば部屋数に応じたレストラン、廊下などの共用スペースが全体に占める割合の目安などが資料としてまとめられています。一般的なホテルの設計としては、こうした計画学に基づき、さらにマネジメントや採算といった観点も含めて建物を決めていくことが多いと思うのですが、私たちは、特に計画の初期段階において、計画学からくる数字から考えるのではなく『お客様にとっては何が良いのか、どういう過ごし方をしてもらいたいのか』から考えます。〈星のや〉は、一般の計画学からすると逸脱しているところが多いかもしれません。予算や計画学からの発想では、そこから逆算して規模や内容を決めてしまうため、面白いコンセプトが生まれる可能性が低くなってしまうからです。

〈星のや〉プロジェクトでは、デザインチームに私たち建築・インテリアのほか、ランドスケープや照明など、複数のデザイナーが関わります。特に星野リゾートとランドスケープのオンサイトとはコンセプトの構想段階から一緒に議論を始めます。必ずしも全員が平和になるわけではないことは想像できますよね(笑)。最初に一緒に大きな方向性やコンセプトを決めていき、それに対して各自がいろいろな提案を考えます。強い個性や主張もあり議論しながら詰めて行きますが、それでも決まらないことはあります。その場合の最終ジャッジは、クライアントでなければ決められないこともありますが、クライアントが長期的視野で全体を捉えることができれば、短期的な収支にまどわされず、長く個性や魅力が発揮され長期的に採算が合う方向性にもっていくことができるのだと思います。断片的な設計やデザインの話だけでなく、一歩踏み込んで依頼主と議論をしていくことが私の仕事のやり方です。

ソフトとハードのチームで設計を進めるため、私たちもソフトやオペレーションなどの幅広い視点を必要とされます。例えば宿泊施設では、建築のデザインによってオペレーション上の問題が出てくる場合は、オペレーションの負荷が高すぎるかどうか、私たちから聞く。そうすると『これくらいはなんとかなります、あるいはこうしたらなんとかいけるとか』と返ってくることもあります。お互いに勉強しながら、チームでつくり上げる感覚です。だから会議では、うわべだけではなく、本気で考えるための議論が必要です。設計側が案を提示して、クライアントから『素敵ですね、でもこういうところを直してください』とだけ返ってくる、波風を立てないように動く関係では、面白いものは生まれてこないと思うのです。『この方向で本当にいいのか、コンセプトからブレてきてはいないか』と一緒に議論できる関係が大事です。それぞれが信じている方向性を曲げないときもあって、議論が喧嘩腰になることもありますが(笑)、摩擦も時には必要なもの。自分が良いと思わないものをつくって妥協するのは、クライアントにとっても損だと思います。もし折り合いがつかない場合は方向転換をして、お互いにとって良いと思うものを探そうとします。Aという案が素晴らしいA’になる場合もあるし、AでもBでもダメとなりながら、突然Cが生まれたりすることもあります。基本的には全員が一致する方向に持っていくことと、妥協案を生まない・生ませないことが大事です。なので、言うことを聞かないことがあるのかもしれません(笑)。もちろん、すべてにおいてそうではありません。例えば厨房の使い方は、私たちが詳細を詰めても机上の空論ですから、レストランや調理の専門の方々が決めればいい。全体のコンセプトから見て、広さや仕様に要望が出てくる場合は、両者納得できるところまで話し合います」

長きに渡り、設計を手がけてきた星野リゾートの〈星のや〉。写真は〈星のや京都〉。

コンテクストから出発すれば、
設計もサービスも
みなが同じ方向で考えられる。

「宿泊施設は住宅と似ていますが、数泊の滞在だからこそできることもあります。住宅のように365日過ごす“日常の場所”ではつらいかもしれないものが、ホテルでは特別な経験として魅力に変わることもある。そうした付加価値の変化を大切にしていくことも、宿泊施設ならではの面白さだと思っています。住宅は建てられる方のためのものですので、建主のライフスタイルや家族構成などから、どうしてもデザイン性より生活重視にならざるをえない時もあります。一方で、宿泊施設はある意味で『夢の生活』を売る部分もありますから、デザインの特徴や個性を重要と考えています。インテリアの色を例に挙げると、住宅では白を貴重とすることが多いですよね。年中派手な色では飽きるかもしれませんし、長年使われることを考えると流行を追うわけにはいきません。ですが、宿泊施設では“非日常感”という演出から考えると、色や素材でも、宿泊者が『普段は接しないけど憧れるもの』『少し経験してみたかった』というものを使えるというのが、面白いところです。それでもホテルでは、白いことが多いですよね。大型のホテルでは、誰もが不快と感じないものを選ぼうという意識が働くからでしょう。宿泊者のターゲットに特徴があれば、白という以外にも選択肢があるはずです。もしネガティブと感じられる要素があっても、全体の魅力を最大化すれば、ネガティブを打ち消してくれます。私が大学で学生に設計を教えていると、『この敷地のここが嫌だから、こうします』という案がよく出てきます。私は『マイナスはいくら直してもゼロにしかならない。その土地のいいところを見つけ、そこを強調して設計したほうがいい』と伝えるのですが、プラスマイナスゼロでは面白くないですよね。ものすごいプラスがあれば、そちらにしか目が行かないものです。

また土地の文化に合わせて建築をつくることも、大切にしているひとつです。ヨーロッパでは伝統的な街区で、どのように建築をデザインしていくかが重視されます。『コンテクスチュアリズム』と呼ばれる建築思想があります。文化的、歴史的な背景を含めて、周りの環境を分析してデザインするというコンクテクスチュアリズムの中心にあったコーネル大学の大学院で私は学びました。ですので、たとえ小さな住宅でも、『どのような場所に建つか』とコンテクストを読み取ることを大事にしています。

あちこちの地域で展開する施設の場合は、共通のコンセプトが必要となります。〈星のや〉では、軽井沢の次に京都を手がけることになりましたが、文化的な特徴で共通点を見出すことはできません。ですが、共通するのはそれぞれ特徴のある文化や歴史背景があるということで、それが個性になると考えたのです。京都を手がけることで、コンテクストの個性を考えることになり、3つ目に手がけた〈星のや竹富島〉はもっと強いコンテクストに出会い、『固有の文化』というコンセプトはさらに明快になりました。そうなると場所を選ぶ際にも筋道を立てることができますし、デザインチームで考え方をシェアすることもできます。サービスチームも、『固有の文化』を出発点としてサービスのあり方やおもてなしのあり方を考えられ、コンセプトの共有がしやすくなったと思います」

住宅設計も手がける同事務所。こちらは東京・世田谷の集合住宅群〈亀甲新〉。©Nacása & Partners Inc

伝統的な素材を残し、
最先端の技術を適切に取り入れる。

「建築をつくるときに大量生産品を仕上げとして使うこともありますが、私はできるだけ人の手の跡を残したいと考えています。建築はどちらかというとローテクの文化なのですが、建築に使われる材料のなかには時代に受け入れられず消えいくものがあり、危機感を抱いています。例えば、京都の唐紙は、唐紙屋さんが木版を摺り師に渡して製作を依頼するのですが、より手のかかる技法による唐紙はつくられなくなっていますし、大きな紙を刷れる人は〈星のや京都〉を設計した当時でもう1人しかいない状況でした。話を聞くと、塗る日の湿度や気温などを肌で感じ、染料の調合を変えるといいます。また微妙な条件に左右されるので、同じ部屋に使われる唐紙は、同じ日のうちに刷らないといけません。それほどまでに年月をかけて学ぶ技術の後継者は、すぐには育ちにくいものです。こうした技術を文化として残していきたいのですが、そのためには継続的に依頼して使わないと滅んでしまいます。

建築の設備は進歩し、便利になっていますが、発展の過渡期であるかどうかの見極めも必要です。スマートキーやコントローラー、デジタルの音響設備など、発展のスピードが早いものは、2年後には陳腐化して過去のものになる可能性もあります。LED照明が建築向けの製品として登場した後も、しばらくは白熱球を使っていました。LEDの技術開発のスピードはとても早かったのですが、省エネが先行し、白熱球の形のままが最初に普及しました。しかし、LEDの指向性の高い光には、それに合った器具の形や技術があり、その進化の方が時間差で遅れて製品化されてきているという印象です。建築をつくる分野でも、IT化やコンピュテーションの流れは急速に進んでいます。これからは大きな3Dプリンタを使い、画面で見るものを一気につくるような建物が生まれるかもしれません。でも、建築にとって技術の進歩がそうした方向でいいのかには疑問がありますし、それが面白いかどうかはわかりません。19世紀末には大量生産が可能になり、工業生産品が世の中に流通しだしました。その結果、アンチ工業化として『アールヌーボー』や『アーツ&クラフト』といった手工業の復興運動が誕生しました。これからも新しい技術と昔からの技術の間でデザインは進むのではないかと思っています。人の手の跡が感じられるものと新しい技術、どちらも慎重に選択しながらつくりたいと思います。

今後挑戦したいことはたくさんありますが、宿泊施設では毎回そのプロジェクトごとに必ず挑戦があるので、毎回どんなものに携われるかとても楽しみです。また日々の生活の中で課題に気づくこともあって、今は快適に寝る場所はどのようにつくればいいのかと考えています。最近、引っ越ししたのですが、リノベーションを自分でデザインしました。寝室は水廻りに隣接してつくり、浴室とトイレはガラス1枚で仕切り、洗面をベッドの隣にしたり機能的なプランにしました。住みやすい寝室になったのですが、やはりリビングにいる時間が長いのです。ベッドが快適なだけでは、寝るとき以外はさっさとリビングに行ってしまう。もっと、長時間過ごせる空間にならないかと思ったのです。そうして宿泊施設を考えてみると、寝る場所についてもっと追求ができるのではないかと気づきました。リビングのように快適で気持ち良く、寝るだけでない寝室を、どうにかしてつくれないだろうか、と。自分の生活の中でふっと気になった小さい課題ですが、こういったことが新しいプロジェクトに展開し、新しいものを生み出すことがあるのかなと思っています。当たり前とされていることでも疑問を持ちながら、設計する建物をどのように進化させていくか、これからも考え続けていきたいと思います」

2015年手がけた宮城県牡鹿郡女川町のテナント型商業施設、〈シーパルピア女川〉。©Nacása & Partners Inc.

Profile

1959年大阪府生まれ。日本女子大学、東京大学大学院、コーネル大学大学院などで建築を学び、その後、父で建築家の東孝光氏のパートナーに。現在は東環境・建築研究所の代表取締役を務める。星のやをはじめとする宿泊施設のほか、住宅設計も多く手がける。

代表作
星のや全施設/ホテルブレストンコート/シーパルピア女川/亀甲新
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