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想いをかたどり、価値へ変える、共創者たち。
Vol.6

戸沢 忠蔵

Chuzo Tozawa

戸沢 忠蔵

Chuzo Tozawa

ヒノキ工芸 会長

いつでもどこでも
一世一代の仕事がしたい

今回お話を伺ったのは、高級ホテルや旅館のみならず、宮内庁や官公庁まで日本を代表する建築の内装と家具を手がける木工家具製作会社「ヒノキ工芸」を主宰する戸沢忠蔵氏。現代の名工と称され、著名な建築家やデザイナー、世界的企業からも圧倒的な信頼を得る戸沢氏のものづくりに対する理念やこだわりを伺います。

クオリティ第一。経済だけでは、
いいものはできない。

「家具職人としてのキャリアとしては54年目で、会社は1977年設立なので42年目になります。仕事を始めた当時は、老舗の家具会社に勤めており、国会議事堂や宮内庁関係、日本の名だたるホテルや銀行、証券会社、庁舎などの特別な家具をオーダーメイドでつくりました。24歳で、現在の皇居新宮殿の家具製作メンバーに加えてもらったこともあります。その経験から、 “クオリティ第一”を学び、この歳まで一貫してその信念を守ってつくり続けてきました。企業体として売上第一の仕事になると、モチベーションが下がり、モノに対しての責任を負わなくなってしまいます。経済だけでは、いいものはできないのです。

私たちの会社には、いわゆる『営業』の人間は一人もおらず、納期が厳しい仕事も受けません。短い納期に合わせるだけの消化試合のようなやり方ではなく、いつも一世一代の仕事を残す志で臨みたいのです。納期が限られている場合は、わがままを言わせていただいて、相手にも何らかの方法を考えていただくしかありません。その代わり、ひとたび取り掛かる仕事は、誰が相手であっても力の限りを尽くす。こちらが納得してつくるモノは、クライアントの期待を絶対に超えられる自信があります。つくり手は、クライアントに頭を下げるだけではいけない。意識を高く持ち、自分の意思を貫くことができなければ、つくり手としての意味がないでしょう。

予算に合わせるために、クライアントなどから『家具の厚い無垢板を薄い突板(薄いシート状の板)にできないか』というような提案されることがありますが、高い材料をただ安くするだけでは、企業努力でもなんでもありません。予算があろうがなかろうが、完成した時のクオリティは落としてはいけないという意気込みでいます。洋服でいえば、素材が絹から綿になってしまうくらい変わりますから。材料の質を落とすのではなく、つくり方やデザインを変更することで対応できないか、知恵を絞る。それが私たち職人のすべき企業努力です。反対に、いったんそろばんを弾いて仕様が決まってから、材料の質を上げてしまうこともあります。〈星のや京都〉では、神代杉という何千年も地中に埋もれていた特別な木を大々的に用いました。この切り札を出してつくれば、誰も太刀打ちできないだろう、と考えたのです。こうすることで、もし会社がつぶれても、会社なんてまたつくればいいんです。そう覚悟を決めてやっているわりには、なかなかつぶれませんね(笑)。まあ、私は経営者には向いていないのかもしれません。予算があろうがなかろうが、職人の意地でやってしまいますから(笑)」

1~3は2016年11月にイタリア文化会館で開催された「イタリアと日本の天匠 ギアンダ工房とヒノキ工芸展」で発表した作品となります。

受け身でつくっても、
魂が入らないのですよ。

「建築家の吉村順三さんの元で働かれた方が『素晴らしい仕事は、良い素材と良いつくり手から生まれる。あとはいいデザインに恵まれれば最高だ』と言われたことがありました。デザインはともかく、素材と職人は確保できます。〈星のや京都〉で使った神代杉のように、『これは良い』と思う素材は常にストックするようにしていますね。ですから、打ち合わせの時にコンセプトを伺うと、どんどん想像が膨らんでしまって、先に材料から形まで見えてしまうことがあります。フライングするのはよくありませんから、『余計なことですが』と前置きをしつつ、設計の方にお伝えします。気に入らなければ、採用しなくていいわけですからね。受け身でつくっても気持ちがこもらず、魂が入らないのです。だから、おじゃま虫とわかっていても、ついつくってしまう(笑)。そんな熱量が先行してしまう提案でも、設計者やクライアントに受け入れられることもあります。〈星のや軽井沢〉のロビーに置かれた銀箔のカウンターも、そのひとつです。いぶし銀の素材を見たときに、侘び寂びの美意識や和が感じられて、試してみたいと思い立ちまして。刀の造形をもとに形づくり、模型をつくって提案をしました。『まだ設計が決まっていないのに』と怒られることもありますが、これは満場一致で採用されましたね。どんなホテルや旅館でもやっていない仕上げだと自負しています。

もうひとつ、仕事をする上で大事にしていることは、メンテナンスしやすいこと。特にホテルの家具においては、いちばん気を使っています。例えば客室のテーブルでは、引っ掻きや熱によって傷が付いたり変色を起こしたりしてしまいます。補修や交換など、メンテナンスのためのコストは、相当なものです。持ちがよい家具とでは、長い間に大きな金額差になってきます。予算がないからといって中途半端なものをつくると、結局はゴミになってしまうのです。これは、とても視野が狭く、“いま”しか見ていないものづくり。広い視野でものをつくるとは、環境に配慮し、ゴミにならないものをつくることなのです。当初は多少高くても、ランニングコストは抑えられ、ライフサイクルも長い。そんな家具づくりを心がけています。

また、メンテナンスを意識してからは、耐久性のあるマテリアルを徹底して開発してきました。最近では、金属の粉を接着剤に混ぜた塗料で、現代的な梨地塗りの仕上げを考案しました。真鍮やアルミなどさまざまな金属に対応でき、傷や熱に強い特性を持っています。星のやはものを大事にする意識が受け継がれているので、こうした質の高いメンテンスフリーの技術で応えたいと考えています。

2016年にイタリアで開催された 「イタリアと日本の天匠 ギアンダ工房とヒノキ工芸展」で発表した竹皿。

コンセプトを深掘りして
辿り着く新しい地平

「私たちは研究開発をしている、と言えるかもしれません。普通であれば設計図どおりにつくって納品するのですが、あれこれと試作し、検討を重ねてつくり込んでいくわけですから。そこまでやっている業者はないと思います。ただ、開発金額を計上することは間違ってもありませんよ。原価計算の3倍くらいになり、とんでもない開発費になります。クライアントの予算とは別の次元でつくってみたいと思い、いま開発中の椅子なんて、これまでに数千万円も注ぎ込んでいます。日本らしい椅子を目指して『JAPANチェア』と名付けているのですが、カーボンでフレームをつくり、漆で仕上げる、世界でまだ誰もつくったことのない椅子です。もう2年ほど時間をかけていますが、もう少し頑張ってコストを抑えて、世に送り出そうと考えています。

ですから、どんな仕事の依頼でも、私たちは言われたことだけやるのではなく、コンセプトについて真剣に考え抜いて臨みます。例えば〈星のや京都〉では、“くつろぐ”というコンセプトがありました。畳の部屋で、いかにくつろぐかを考えたとき、普通の座椅子では物足りない。他の宿泊施設では、どんなに高級なところでも、せいぜい豪華版の座椅子なのですね。最高にくつろげる椅子はどのようなかたちだろうかと自分もテーマを持ち、家具を扱った洋書を調べました。目に止まったのが、王様用の寝椅子です。武具を持たず、隙だらけの状態で横になる。そこに和室の視点を入れ、折りたたむことができるようにし、椅子にもなり、寝転べるし、ベッドにもなる『ごろごろソファ』をつくりました。外に抜けるような感じで、という要望もありましたので、背もたれは格子にしています。どうつくるかは、常に考え続けます。設計者などに検証してもらい、デザインの確認を取りながら、何度も思考や相談を繰り返して、フィニッシュまで持っていく。この『ごろごろソファ』は、自分でも傑作だと思っています。

まだまだたくさん、やりたいことはありますよ。幸いに話はいろいろと来ていまして、世界の頂点を極める方々と仕事ができるようになってきました。オリジナルの家具も世界のトップブランドから販売していますし、最近ではヨーロッパ最大手の自動車メーカーへプレゼンテーションにも行きました。経験を積んできたおかげで、つくり方や素材のことに関しては自信がありますし、最近ではデザインや経済もわかるようになりましたから。つい最近、海外では『生き甲斐』という言葉がないということが話題になっていました。生き甲斐が何かというと『好きなこと』『得意なこと』『お金になること』『世のためになること』が満たされている状態なのですね。皆さまに鍛えられたおかげで、ようやく世界が求めるものを提供でき、世のため人のためになっているのかなと幸せを感じています。

前出の竹皿と同じく、「イタリアと日本の天匠 ギアンダ工房とヒノキ工芸展」で発表した仏壇。

Profile

1944年青森県生まれ。三越製作所、高島屋工作所など、老舗の家具工房を経て1977年独立。国内外の一流デザイナーや建築家からの特別注文の家具、皇居内宮殿や迎賓館、国会議事堂、最高級車や特別客車の内装から一流ホテルの家具まで、世界の逸品を数多く製作する。

代表作
四方棚/仏壇/竹皿/和風ソファ
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