

ホテル稼働は需給関係で決定される。需要が供給よりも大きければ稼働は上がり小さければ下がる。とてもシンプルなゲームだ。
新しいホテルが計画される時、先々の需要と供給の予測を比べて投資が正当化される。しかし、これらの数字は誰もが手にすることができるため、需要過多が生じた時に多くのホテル投資が同時に正当化され、数年後に予想以上の供給が誕生し、当初予定していた投資利回りは達成されない。私はこの業界を過去38年間見てきたが、世界の多くの地域が需要過多と供給過多のサイクルを繰り返してきた。2020年からの2年間、日本国内のホテル稼働は下がっているが、コロナ禍という原因の影で、供給過剰が多くの地域ですでに起こっていると考えている。
このサイクルの必然の中で仕事をしていると、自社ホテルの稼働を地域の需給関係に依存し過ぎることなく、自施設だけの需給関係を自らコントロールする力を持ちたくなる。
ちなみに、このサイクルは必ずしも悪いことではなく、ホテル業界の新陳代謝と進化につながっている。供給過多の時には弱いホテルは採算割れ状態になり変革を求められる。建物が解体され他の用途になるケースもあるが、新しいコンセプト次第で改築や改装の採算が合いやすくなり、地域の需要拡大の力になる。
近年ではAirbnbが開拓した民泊市場も新しいコンセプトによる新たな需要と言える。IT革命がシェアリングエコノミーとしての民泊を容易にした。しかし、よく考えてみるとホテルの部屋は元々シェアリングエコノミーだ。シェアリングエコノミーのプロが新参者の脅威におののいている理由は、既存ホテルが目先の予算達成に夢中になり、変化する市場ニーズを把握し自己変革することを怠ったからだ。ホテルは本来民泊に負けるわけがなく、私たちは民泊需要から多くを学び、今ようやく反撃の機会を得ようとしている。例えば、OMO5京都祇園の部屋数の67%にキッチンを付け、94%を4名以上が宿泊できるデザインにした。OMO7大阪にある井戸端ルームは、1部屋に4名がセミプライベートな空間を持ちながら楽しく滞在できるデザインにした。私たちは民泊というニッチャーに対抗して改善同質化を行っているのである。
OMO7大阪 いどばたスイート
話題を『自施設だけの需給関係を自らコントロールする力』に戻したい。
星野リゾートは、リゾートホテルの再生を担うことで成長してきたが、それは需要がないところに魅力創造を通じて需要をつくり、自施設の需給関係を改善するということにほかならない。そして今、運営施設数が56(2022年3月末現在)となり、スケールを活かした新しい方法でグループ内施設への需要を創り出そうとしている。それがスモールマスマーケティングだ。スモールマスとは、特殊なニーズを持ったセグメントであるが、ニッチ市場よりも大きな市場規模を持つセグメントを指している。それぞれのスモールマスセグメントに、そのニーズに応えるユニークなサービスを提供するホテルチェーンとして認知してもらうことが重要だ。ここではその取組み事例をご紹介する。
第1のスモールマスセグメントは、ペット同伴旅行市場だ。国内世帯数の10%程度(注2)が犬を飼っていて、その数字は伸びているわけではない。しかし、その市場の中でペット同伴で旅行する世帯と頻度が増加している。番犬が減り、旅行する愛玩犬が増加しているのである。星野リゾートでは9施設でペット同伴可能な部屋を設定し、顧客ニーズを確認し対応手法を確立してきた。設定部屋の稼働率は、ホテル全体の稼働率を継続的に超えるという実績も得ることができた。そこで現在の9施設を46施設に広げるプロジェクトが進んでいる。
第2は、旅行のサブスクリプション市場だ。カブクスタイル社のHafHと連携して市場へのアプローチを模索することにした。私が行ったHafH会員への直接インタビューで、サブスクリプションが新市場を生み出す可能性を把握することができた。例えば、あるHafH会員は、出不精である性格から脱却するために会員になっていた。「HafHで予約した旅行の前夜には、行きたくない気持ちで辛いが、翌日旅に出てみると来て良かったと思うんですよ」と変化しつつある自分に満足しているようであった。例えばこの市場は、既存の旅行商品を既存のチャネルで販売している限り決して顕在化できない。
星野リゾートの温泉旅館サブブランドである界は、70歳以上の顧客に温泉旅館のサブスクプランを「界の定期券」として導入した。最初の試みなので100券限定で販売したところ7日間で売り切れとなった。このセグメントは年齢とともに旅行参加率が落ちる傾向があり、サブスクリプションが顧客シェアを高める、または参加率の低下スピードを抑制する効果があるか今後検証していく。
第3はミレニアル世代だ。この世代は違った旅行ニーズを持っていることが解っており、既存ホテルのサービスと販売方法では不十分であるが、10年後は旅行市場の中心になるので早い段階でのアプローチが重要であると考えている。「卒たびプラン」や「界タビ20s」でこの市場にアプローチしてきた。そして、20代をメインターゲットとするサブブランド「BEB」の展開に取り組んでいる。軽井沢、土浦に続いて沖縄本島の瀬良垣に3軒目の施設を2022年7月1日に開業する。
卒たびプラン
第4は、都市展開するサブブランドの「OMO」のビジネス利用客へのアプローチだ。OMOには個室のオフィススペースを確保して時間単位で貸し出す「ワークルーム」の設置を開始し、テレワーク会議には個室で参加する必要があるというニーズに応えようとしている。またポイント制度「OMOポイント」も導入した。5%還元でポイントが1万ポイント貯まると星野リゾートのギフトカード1万円分と交換できる。このギフトカードで国内全ての星野リゾートを曜日や時期の制限なくオンライン予約できる。
第5は、北海道内のセイコーマートとの連携だ。北海道民にとっては北海道外への旅行は実質的に飛行機をともない、それが道内への旅行比率を高めている。したがって、北海道内のホテルとリゾートにとって道内市場は大事なスモールマスセグメントである。セイコーマートは北海道内で1,084店舗展開する最大のコンビニエンスストアであり、強いブランド力を築いている。北海道の人口は約538万人(注3)、セイコーマートのペコマカード会員は500万人を超えており、推測でしかないがマイナンバーカードよりも普及している。一方で星野リゾートはWBF社のホテルを含めると北海道に2,106室を運営しており、北海道最大クラスのグループになった。2022年2月1日、星野リゾートはセイコーマート社と提携しペコマカードホルダーに優待サービスの提供を開始した。ペコマカードホルダーへ特別価格を提案し、宿泊利用時にはペコマカードポイントが付き、利用者はセイコーマートでの買い物に利用できる。これは理想的なスモールマスマーケティングの手法と言える。なぜならば、ペコマカードを持たず、生活圏にセイコーマートがない北海道以外に住む顧客には関係のないメリットだからだ。
このように、星野リゾートはスケールを活かして、スモールマスセグメントへのブランド力強化を開始している。その特徴は、それぞれの取組みを市場全体に情報提供する必要はなく、それぞれのセグメントだけに訴求し、その中でブランド力を高めていくということだ。ペット同伴旅行市場にはペットフレンドリーなホテルグループとして星野リゾートを認知していただく、そしてミレニアル世代には、自分を向いているブランドとして星野リゾートを認知していただくという具合だ。このようにスモールマスセグメントへのブランディングを展開し、各セグメントでの市場シェアを高める力が、自社施設への需要をコントロールする運営力に結びついていくと考えている。
- (注1)
- 本文で紹介している施設で、本投資法人の保有物件でない施設については、現時点で本投資法人で取得する予定も、決定している事実もありません。
- (注2)
- 一般社団法人ペットフード協会 令和3年全国犬猫飼育実態調査結果より
- (注3)
- 総務省統計局 平成27年国勢調査人口等基本集計より