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コロナ禍の観光産業への影響は実は2つのフェーズに分かれていた。第一のフェーズは需要の喪失、第二のフェーズは労働力不足だ。その正体を理解し、漫然と自然回復を待つのではなく、手を打つことが重要だ。

私が2022年の日本の夏に3年ぶりに訪問したオーストラリアとニュージーランドでは、観光産業の労働力をコロナ禍まで外国人スタッフに依存していたが、2年以上続いたコロナ禍で仕事がなくそれぞれの母国に帰ってしまった。2022年からの急速な需要回復時に合わせ、急に戻ってきてもらうことができず、深刻な労働力不足が生じ、それが1年経った今でも継続している。
 日本の観光産業は元々自国内の労働力に依存しており、かつコロナ禍でも既存人員を比較的維持できているので、労働力不足の構造は異なっている。大手航空会社、旅行会社、ホテル業界の毎年の労働力の補充は、主に国内での新卒採用と中途採用になっていた。コロナ禍において、2020年から2023年までの採用数を大幅に減少させ、既存社員の自然減を容認しながら、それでもなお発生していた過剰労働力に対してさまざまな対策を行い乗り越えてきた。こういう中で2023年に急に需要が回復しても、過去3年分の採用数を一気に獲得することは難しく、その分の労働力不足が発生している。

労働力不足の度合いは、過度に外国人に依存している国と比較すると低いが、その完全解決までには逆に時間がかかるかもしれない。2019年レベルの需要量を受け止めるためには、本来あるべき毎年の補充労働力に加えて、過去3年間に採用しなかった分をプラスして取り戻す必要があり、それは失業率が低い日本の労働市場では短期解決が難しいからだ。

グラフは、観光産業の労働力不足の原因と今後のイメージを、私の感触で表現している。2020年の時点ではコロナ禍がこれほど長く続くということは予想していなかったのであるが、3年間の労働力補充を減らしたツケは大きく、それは2024年から2025年にかけて採用数を平時以上に推移させることで徐々に平常化していくと予想する。

オーストラリアでは、労働力確保のために在留許可の基準を下げて海外からの労働力調達に積極的な政策を打ち出している。日本国内で、海外の人材が正式な在留資格を得て仕事をするには、相当程度の知識又は経験が必要な業務に従事することが条件となっているが、現在の労働力不足の早期の解消、そして国が目標とする観光産業の成長のためには、この分野での規制緩和は効果的である。

星野リゾートでも労働力不足は発生している。しかし、その構造は国内マクロ現象の影響を受けながらも少し異なる原因によるものである。星野リゾートの場合には、コロナ禍における業績が極端には落ち込まず、マイクロツーリズムの取り組みの成果もあり、コロナ禍でも採用人員を減らすことはしなかった。2020年から2023年までの採用活動は、新規開業を予定していたこともあり、通常通りに積極的に行った。旅行産業全体が採用を絞っていたこともあり、平時よりもむしろ好調に推移し、優秀な人材に入社していただくことができたと考えている。しかし、2022年末から、旅行産業全体が急速に採用活動を再開したことにより、星野リゾートからの転職者が予想以上に増加し、2023年初頭から労働力不足が発生し始めている。
 星野リゾートでは退職者に対して、組織改善に結びつける目的でアンケート調査への回答をお願いしており、90%以上の回答率を得ている。この半年の退職理由の分析から、平時以上に、そして予想を超えて転職者が増加している理由は、以下の2つの理由により一時的に転職圧力が生じていることが原因であると考えている。

① 2023年の新卒採用数は2022年春の段階での各企業の採用方針に左右される。ところが、2022年10月にインバウンド実質解禁になったタイミングから短期的に労働力を回復させようとすると中途採用に依存せざるを得ず、それが他社からの星野リゾートスタッフへの大きな転職圧力となっている。

② 2020年から2023年の新卒採用者の一部は、旅行産業の中でも航空会社や旅行会社を希望業種としていたが、これらの業種で採用枠が殆どなかったので宿泊事業に入社してきたスタッフが少なからずおり、これらの業種が中途採用活動を活発化させていることが転職圧力になっている。

これら2項目と比較すると軽微な影響かもしれないが、コロナ禍で入社してきた社員の中に、都市生活希望者の比率が平時よりも高かったこと、そして近年は転職アプリなどの新機能により、地方からも簡単に転職活動がし易くなったことも影響していると推測している。また、学生時代にワーキングホリデーや海外留学を希望していたができなかった方々が、2023年にその機会を得ようすることも退職理由として目立っている。
 コロナ禍での学生生活では本来の成長の機会が十分ではなく、その中で卒業を迎えてしまった学生にとって、就職活動にも大変な苦労があったことは想像できる。それでも旅行産業を志望し、航空会社や旅行会社が第一志望である学生、採用を絞った都市ホテルが希望会社である学生、そして海外での学びを志望する学生に対して、星野リゾートは良い機会を提供することができたのかもしれない。一旦星野リゾートに入社し、そこで学べることをしっかり学び、そしてコロナ禍が収束した時にまた自らのキャリア目標を達成する機会を得ようとする。それは逞しい発想であり、観光産業にとってはありがたい選択である。経営者としてナイーブかもしれないが、全く予想していなかったこの現象の背景にある社員それぞれの選択に強い共感を感じるのである。

星野リゾートが経験している現在の労働力不足を早期解決するために、さまざまな対策をすでに実行している。2023年中の中途採用活動の強化、2024年の新卒採用活動の強化が王道の打ち手であるが、それ以外にも、この一時的な労働力不足を軽減する策を実施している。
 第一は、星野リゾートの強みの一つである高い正社員比率を一定程度下げることを容認し、運営方法を一時的に見直しパートタイマー、アルバイト、派遣社員を増加させる策をとっている。第二は、時間外労働の価値を上げる策である。足りないのは労働時間であるので、残業を一時的に増やしてくれるスキルある社員にインセンティブを与えるため、月に20時間を超える時間外労働手当の割増率を高めた。言うまでもないが、星野リゾートは全ての事業所で時間外労働を三六協定の範囲内におさめる厳格な仕組みを持っており、この対策が過剰な時間外労働を誘発させることはない。
 現在の推移を見ていると、労働力不足はすでに徐々に軽減されてきており、2024年春には根本的に解消される見込みだ。多くの運営施設で採用しているマルチタスクの働き方と人材が、今回の課題解決にも大きく貢献している。

観光産業全体の労働力不足解消は、前述した通り少なくとも2025年まで継続する可能性があり、アフターコロナの需要の急速回復のベネフィットを享受するためには、集客力だけでなく、リクルーティング力と運営体制の柔軟さが問われる展開になると予想している。

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