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労働力不足からの脱却

星野リゾートは新卒入社時期を年4回設定しており、2024年は2月に25人、4月に750名、6月に54名、10月に101名が入社し、計画通りにオリエンテーションと研修を経て、各地の配属先施設に着任させることができた。キャリア採用の102名を合わせると、2024年は合計で1000名を超える過去最多の採用者数となった。夏休み前の2024年7月中旬、必要な現場業務の研修を終えた段階で、それぞれの施設の必要人員を充足させ、コロナ禍後に一時的に発生していた労働力不足から脱却したと考えている。そのタイミングに合わせて販売客室数の制限を撤廃し、夏休みに入る7月下旬以降の稼働を確保することができた。2024年の星野リゾートの取扱高(各運営施設の売上の合計)は過去最高になる見込みだ。(注)

必要な労働力の質と量の確保は、単に採用強化で達成されるべきではなく、退職率の低下も重要な課題である。スキルを持ったスタッフを長く維持することは、サービスの質の安定につながると同時に、新規採用とトレーニングのコストを下げることにつながる。私は、2023年春に開始した業務最適化プロジェクトを2024年も継続して行ってきた。各運営施設に訪問し、それぞれの施設の主要スタッフ10名程度とじっくり話す機会を得ることで多くの学びを得ることができる。そこで浮かび上がってくる課題の多くは個別問題ではなく、複数の課題がお互いに影響し合っている。業務最適化プロジェクトとは、課題メニューを出し切った上で全体の視点から、止めるべき作業、残す必要がある作業、そして追加したい作業をある基準を持って整理し、真の必要労働時間を把握する取り組みである。サービス提供における作業内容は少し変えるだけで、顧客満足度、収益力、ブランド力、短期的集客力、スタッフの身体的負荷、そしてスタッフの心理的負荷という6要素に影響を与える。これら6要素を高い次元でバランスさせることが良い運営であり、最適な業務内容と考えている。

2024年春に全ての界の施設から代表者が集まり、22項目にわたる業務内容の改善を決定することができた。秋には全ての星のや施設から代表者が集まり、20項目の改善内容に合意した。それぞれの項目は、6要素上のトレードオフが生じるために個別施設では変化させにくい事情があり、それを全体として意思決定していく取り組みが重要だ。これら決定した内容は生産性を高めるだけでなく、スタッフの心理的負荷を下げることに貢献し、退職率の低下につながると考えている。

収益成長への道筋

日本の観光産業に起こっている労働力不足は、労働環境を改善するチャンスである。この産業に優秀な人材を受け入れ、育て、持続的に経済に貢献する一流の産業の仲間入りをするためには、他の産業と比較して劣る労働環境は課題であり、これを今放置することは長期的な成長を犠牲にすることになる。

星野リゾートが実施している労働環境への投資も、一時的なコスト上昇を伴うが、中期的には企業競争力にはプラスだ。2024年の新卒初任給を上げ、これと整合性をとるために給与体系を見直しベースアップを実施した。2025年、さらに2026年の新卒採用市場での推移を見ると、当面これ以上上げる必要はなく、2025年は現状を維持する方針だ。2024年に導入した新水準は短期的なコスト上昇につながるが、星野リゾートは3つの生産性向上策で、中期的にはコスト上昇を上回る収益向上を達成しようとしている。

第一は、雇用区分の構成比改善だ。コロナ禍以前から一定の労働力を派遣スタッフなどの非正規短期雇用者で補っていたが、この比率を減らし、入社してくる正社員で代替することを進めている。派遣スタッフは、労働単価が高いだけでなく、3ヶ月から6ヶ月程度の有期勤務が多いため、定期的に発生する研修コストや住宅コストなど通常以上のコストがかかっており、これを正社員で代替することで生産性を高めることができる。その前提条件は、年間平準化した稼働状況を達成することであるが、星野リゾートの集客状況を見ると、多くの施設がこれをすでに達成している。2024年入社社員の実力が上がってくる2025年春にむけ、この移行を加速して進めたいと考えている。

日本の観光需要は年間平準化しておらず、月別需要に大きな差があるため、非正規雇用に依存している事業者が大半だ。観光産業全体では70%以上が非正規雇用であるが、星野リゾートは30%にとどめることができている。これは日本の全産業の平均に近い。予約獲得を平準化する仕組みと、マルチタスクでシフトを組むことができているという2つの要素が貢献している。

第二の生産性向上策は、売上単価の上昇だ。単価は需要(予約意向の顧客数)と供給(部屋数)の関係で決まる。施設への総需要を高める策が単価の上昇につながる。総需要が高まるシナリオは2つで、一つは市況が良くなり地域への需要が高まるケース、もう一つが市況には変化はないが自施設への需要を高める策を展開するケースだ。インバウンド市場の上昇で近年東京、大阪、京都など一部の地域で市況が良くなっているが、星野リゾートは元々再生案件を手がけ業績を伸ばしてきた経緯があり、後者の手法を得意としている組織だ。ブランディング、新魅力の創造と情報発信、自社ホームページから直接予約していただく仕組みづくり、予約サイトのユーザビリティ改善などが長く取り組んできている施策だ。グループ全体の自社直予約比率は60%から70%で推移しており高い。総需要を高める策を常に模索し、業界内で素早く継続的に実現していくことは、自社施設への総需要を上げ、結果的に単価の上昇につながる。

例えば、ふるさと納税の市場が伸びてきた時には、その市場を観光分野に引き込むための対応を素早く実行した。2024年の制度改正により観光分野での利用に若干の制限がかかった点は残念に感じているが、全体としてふるさと納税における観光消費が増えた証拠であると考えている。

ポイント経済圏も近年拡大しており、この分野での観光のシェアを伸ばしていくチャンスを狙ってきた。2024年12月1日から、セゾンカードと提携し、星野リゾートの予約サイト上でセゾンカードホルダーが保有する永久不滅ポイントで直接予約決済できる仕組みを導入する。

Paidyとの連携も2024年になって効果を発揮し始めている。例えば、年に2回家族旅行に行くことを計画する顧客層にとって、6回の分割払いがあれば予約しやすくなる。Paidyが予約サイト上で直接使えるようになったのはホテル分野では星野リゾートが初めてだった。

自社予約比率が高い星野リゾートでは、予約サイトのユーザビリティ向上は総需要の拡大に直結する。ホテルサービスの質がコモディティ化する中で、予約のしやすさにおける差別化が競争力につながる。システム面での進化を担当する社内のエンジニアチームは、中期的なビジョンを持って活動しており、2025年以降も進化を継続的に導入していく計画だ。

第三の生産性向上策は、前述した業務最適化プロジェクトの成果による運営の効率化だ。シフト内の労働負荷を最適化し、顧客満足度を維持しながら無駄な作業をなくし、心理的負荷を下げ、結果的に退職率の低下につなげ、より安定した運営に変化してきている。

2024年は、前半に多くの新スタッフの受け入れとトレーニング、同時に重なった5つの新規施設開業があり、運営効率化の成果はまだ数字面では現れていないが、実際の現場の中身を見ると確実に進化しており、その成果は今後徐々に表面化してくる。2025年に予定している新規開業は界箱根のリニューアル改装を含めて2施設を予定しているだけなので、この2年で取り組んできた業務最適化プロジェクトの成果が見えてくると確信している。そして、新しい生産性の基準を標準とした上で、2026年以降に予定している多くの新規開業につなげていきたい。

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