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秋本憲二氏(以下、敬称略):本日はお忙しい中お時間をいただきありがとうございます。また、毎期資産運用報告書にご寄稿いただきありがとうございます。2023年の7月で星野リゾート・リート投資法人は上場10周年を迎えました。今回はその記念として星野代表との対談を設定させていただきました。

本日は「ビジョン」をテーマにお話をいただければと思っています。さかのぼると1998年、私が星野リゾートへ入社した当時、明確なビジョンが設定されていました。そしてビジョン達成のための具体的でわかりやすい3つの目標に向かって熱意を持って働いていました。当時から星野リゾートはビジョン型経営の典型的な企業だとすごく感じていました。それが今もずっと続いていると思います。

なぜ今ビジョンなのかというと、私も星野リゾート・アセットマネジメントのビジョンを設定して取り組んできたんですけど、実はここ1~2年ほど前からそろそろ見直しが必要だと感じているからです。その一つの理由が、私は社員全員と不定期に雑談ミーティングをやるんですけど、その時に「今のビジョンだとワクワクしない」とか、「具体的に目指す姿がはっきりしない」とか、そういう意見がちらほら挙がりまして。中にはビジョンを変えるべきだ、みたいな人もいてそれがずっと引っかかっていたのです。

星野:なるほど。

秋本:さらに二つ目の理由として、実はコロナ禍において星野リゾートが好業績を上げ注目を浴びたこともあり、本投資法人の評価も上がりまして、ビジョン達成の指標となる目標をこの半年ぐらいでクリアしてしまったのです。

なので、新しいビジョンが必要なフェーズに来ていると感じているのです。ここに置いているのは、星野代表がご紹介されている教科書的な本ですね、ケン・ブランチャードのリーダーシップ論、実は読み直してみると冒頭にビジョンの話が出てきます。ビジョンを見直し、新ビジョンを設定する前に代表からご助言をいただければ非常にありがたいなと考えた次第です。

星野:私が1991年に星野温泉旅館を引き継いで最初に設定したのが、ビジョンでした。その頃はビジョンに関する教科書が少なく、私がビジョンについて知ったのは、コーネル大学で経営学を学んでいたときでした。ダーモディ教授の組織論の授業の中でビジョンの重要性を学ぶことができました。

ダーモディ教授は、ビジョンはその経営者が最初にやるべき一番大事な仕事と話してくれました。ビジョン設定には方法があり、そして何より重要なことはそのビジョンを共有することだと話していました。もしビジョンを知らない社員がいるならば、その責任は社員にあるのではなく、経営者にある、と。それがとても印象に残っています。

さきほど秋本さんは「設定していた数値目標をクリアした」と言っていましたが、ダーモディ教授の理論では、数値目標をビジョンの本文に設定することは正しくないと思います。ビジョンは定性的であるべきで、もう少しふわっとしていた方が良いという考えでした。経営目標として数値目標を立てること自体は問題ないのですが、数値そのものがビジョンになってはいけないと考えています。

星野リゾートは、1992年に『リゾート運営の達人になる』というビジョンを設定しそれを目指してきました。達人とは何か・・・は市場環境とともに変化して良いし、それにしたがって数値目標も変化するはずです。ビジョンと数値目標はこのような関係であるべきだと思います。

今、数値目標そのものは変更しているのですか?

秋本:そこをもう少し具体的にお話しすると、実は上場した2013年から約3年間はやることが山のようにあって、ビジョンどころじゃなかったんです。ちょっと落ち着いた2016年に私がトップダウンでまず設定したのが、ミッションです。組織が担い続ける社会的使命は、『日本の観光に投資を呼び込む』って設定したんですね。これは今も変える必要はないと思っています。

そして、そのミッションを実現するために、目指すべき姿を『エクセレントリート』と設定したんです。これがビジョンなのです。つまりは、私達は超優良なリート、No.1のリートになろうよっていう話ですね。Jリートは60銘柄くらいありますけど、そこで1番を目指そうということで、ビジョン達成のために実現すべきレベルとしてさきほどお伝えした具体的な数値目標や指標を設定したのです。そして、その数値目標の一つを現状クリアしているのです。

星野:いいですね。「エクセレントリート」は悪くないと思います。課題があるとすると、エクセレントの定義が不明確ということですが、それは次のレイヤーで設定することができます。例えば、事業ドメインとして観光やホテル分野であることを明確にするとか、エクセレントの要素を投資家視点はもちろん、他のステークホルダー、そして環境の側面でも設定することができると、目指すべきエクセレントのベクトルが明確になってきます。逆にそれがないと、皆それぞれが考えるエクセレントのあり方がバラバラになる可能性があります。

もう一つ、ダーモディ教授が言っていたことで、とても参考になったことがあります。さきほどトップダウンで決めたと言っていましたが、トップダウンは正しい方法だと考えています。ビジョンというのは、船が出るときに“行き先を決める”ということです。例えば、船がサンフランシスコ行きであることは船長が設定するのです。もし船に乗った人に、みんなでどこに行きたいですか?と聞き始めると大混乱に陥るし、船が港を離れた後に「やはりブエノスアイレスに行こう」となると、もう収拾がつかないですよね。

そのため、会社の向かう方向を示すビジョンは、経営者が自分で決めなければいけないし、一旦決めて走り出したら、例えブエノスアイレスに行きたいという人が出てきても、簡単には変えてはいけないというのが教授の教えでした。今はリートの皆さんの中でもいろんな意見があるのだと思いますが、ビジョンを見直したり、ブラッシュアップしようというときには注意が必要です。

秋本:私が今のビジョン達成にむけて、ある意味ぶち当たった壁というのが、エクセレントリートになるためには、どこよりも株価を高くしようという取り組みなんですね。だから、日々の意思決定はじめ、何をするにも、これは株価が高くなることにつながる?っていうことを結構みんなに口やかましく言っちゃったから、株価が高くなって僕らになにかいいことあるのかな、ワクワクしないですよねってことにつながってしまったのです。星野リゾートの場合は、それがすごくうまくいってたような気がするんですけど、何か秘訣があるのでしょうか。

星野:やはりそれはエクセレントの定義の課題だと思います。企業経営において利益を高めるというのは、ある意味当然であり、皆わかっているのですが、それを目的にしてしまうとスタッフのモチベーションは上がりません。組織で働く私たちは、組織が社会に与えるインパクトを通じて、自分の仕事にやりがいや誇りを感じ、それがモチベーションにつながります。利益や株価がエクセレントの条件になってしまうと、モチベーションに繋がりにくくなります。

秋本:確かに。何かにつけて、それやって株価上がるの?って私すぐ聞いちゃうんですよ。それは良くないなって最近思い始めています。

星野:目指す姿であるビジョンに向かっていくことで、マーケットの中で独自のポジションを獲得し、長期的に持続可能な競争力につながっていきます。それが短期的に株価に影響しないかもしれないですが、この競争力は必ず収益にも結びついていくので、結果的に長期的には収益や株価の上昇につながると考えるべきだと思います。

秋本:ビジョンって、設定した時点がスタートじゃないですか。その後のビジョンの共有や浸透ってすごく大変で、星野リゾートはその努力もかなりしていたし、結果としても非常にうまくいっている印象ですが、何か工夫をされたのでしょうか?

星野:工夫は、面白おかしくするということですかね。“南無阿弥陀仏”という言葉があありますが、言葉の意味をわからなくても、唱え続けるうちにだんだん覚えるというのと同じで、ただただ読み続ける、唱え続けるという修行のようなことも大事だと思います。まずは覚えてもらうことからスタートし、その上でビジョンの意味や内容について理解する機会をつくっていきました。

秋本:毎年、誕生会で何かプレゼントをいただいていましたね…

星野:持ってきてくれと言われたので今日持ってきましたが、これなんかもう単なるおちゃらけカップですよね。コーヒーを飲み干すとビジョンが見える。面白いと思って覚えてもらうことを狙っているのですが、それは、社員やスタッフにビジョンを伝えるのは経営者の責任だというダーモディ教授の教えを純粋に守ろうと思うからです。

一番人気がなかったのは目覚まし時計。設定時間になると、私の声でビジョンを叫び出すものでしたね。この目覚まし時計を社員全員に配ったのですが、非常にウケはしたものの、おそらく本気で使っている人は誰もいなかった。朝から気分が悪いと言われましたからね。

秋本:我が家には今もありますねその時計。アラームのセットはしませんが。そういう工夫ですね。面白おかしく。

星野:面白おかしくというのは、やはりスッと入りやすいですよね。面白いから覚えてしまうし、あとはやはり繰り返し唱えることが大事。人間の記憶というのは、一定期間に何回繰り返したかで長期メモリーに残してもらえます。

秋本:それやっぱり、トップが繰り返し続けるしかないんでしょうか?

星野:覚えてもらうのは経営者の仕事ですからね。繰り返しビジョンを目にするとか、耳にする状態を作っていくことです。僕が目覚まし時計を作った時に、社員が本当に毎日使うことを期待していませんでした。単に面白いと思ってもらい、ビジョンを覚えてもらいたいという私の本気度を伝えたかったのです。

秋本:いただいたときは、ふざけた時計だなと笑ってしまいました。

星野:そうそう。「よくこんなふざけた物を作るよね」みたいに誰かに言ってもらうと、それだけでも覚えていただける機会になります。リートの皆さんは真面目でロジカルな人が多いので、ビジョンを知れば意味はすぐに理解できるのだと思います。だからこそ、単に覚えてもらうことが大事で、楽しく伝え続けることが大事だと思いますよ。覚えてもらうことがこれほど重要であるので、ビジョンそのものは覚えやすくシンプルにすることも大切です。

秋本:なるほど。よくわかりました。

今の星野リゾートのビジョンを、当然我々みんな共有しています。共有してはいるものの、ビジョン達成のための何か具体像があれば伺いたいと思います。さきほどおっしゃった「ビジョンはふわっとしたほうがいい」といった意味から、あえて目指している具体的な姿を描いていないとも思うのですが、例えば、マリオットを目指してるとか、フォー・シーズンズを目指してるとか、はたまた全く違うんだとか、何かわかりやすいイメージがあれば、我々もビジョンを見直し、目標を再設定するに当たり、そのイメージに歩調を合わせていけると思うのですが、そのあたりはどうお考えですか?

星野:それを話し出すと長くなるのですが、今のビジョンは『リゾート運営の達人』から変わって、『Globally Competitive Hotel Management Company』、つまり、世界で通用するホテル運営会社になりたいということです。

私は1984年にアメリカのホテル経営大学院に入学し、それ以来米国ホテル業界の変化を長くみてきました。その成長の凄さを目の当たりにしながらも、彼らの限界もよく理解しているつもりです。例えば、投資家と運営会社が本当の意味でパートナーシップ関係になれず、短期的な収益最大化の打ち手が中心になる傾向があります。組織が真の顧客志向になりきれず、旅行者のニーズから離れていく。短期的には収益の最大化になるのですが、トレードオフとして顧客との信頼関係が犠牲になります。このギャップが存在していたので、そこを埋めるビジネスとしてOTA(Online Travel Agent)が急成長したと考えています。

ExpediaやBooking.comなど、ホテル業界が自ら作り出したギャップがなければチャンスはなかったビジネスですし、それは現在のホテル収益の重石になって我が身に戻ってきているのです。例えば、強いブランドを築いたマクドナルドは、全世界でハンバーガーを提供するチェーンですが、行ったことがないマクドナルドの店舗に行くのに、オンラインで味や店の評価を見たりしないですよね。価格はどこが安いかも確認する必要もない。

そこには顧客とマクドナルドとの圧倒的な信頼関係があるのです。世界中どこに行っても同じ味で、リーズナブルな価格で、店内の設備も全て共通認識として市場が理解している。今初めて行こうとする店舗でも期待通りのサービスが提供されることを確信しているのです。これが顧客との信頼で成り立っている強いブランドの状態です。

そのような強いブランドが世界のホテル業界に今存在しているかというとまだない。認知率でいうと、マリオットやハイアットは高いかもしれないですが、ブランドとしての信頼が十分でないために、第三者評価を見ないと、泊まるホテルを決められない状況です。マリオットグループにしても30数ブランドあって、30の市場セグメントが明確になっているかといったら、そういうわけでもない。なぜこのような状況になったのかというのは、投資家とホテル運営会社の関係に原因があったと私は考えています。

運営面の生産性でも課題が沢山あります。私たちが行っているマルチタスクを導入し、本当の意味での生産性向上を目指しているホテル運営会社は少ないです。一旦、マルチタスクでない形で成長している組織は、マルチタスクのメリットをわかっていながらもそこに踏み切れない。これももう一つの理想と短期的現実のギャップです。私たちは、これらのギャップを放置せず、顧客志向のブランディングを実践するホテル運営会社、労働生産性の高い運営方法を創造するホテル運営会社、そういう方向を目指したいのです。

秋本:確かに、単純にマリオットを目指すのか、フォー・シーズンズなのかっていうのとは全く違っていて、競争市場の中で、真似されにくい独自の姿を確立していき、ユニークな星野リゾートが出来上がっていくということですね。

星野:そうですね。真の顧客志向である、旅行者のための予約システム、旅行者のためのサービス、旅行者のために動ける組織のあり方、そのためのスタッフのスキルセットの作り方。ここはホテル業界がまだまだやり残している領域です。

米国ホテル業界では、各運営会社の運営方法に変わりはなく、生産性も同程度であることに投資家が気付き始め、サードパーティー運営会社が急成長しています。ホテル所有者が、ホテル会社からブランドだけを借りてきて、実際の運営はそれとは違うサードパーティにお願いするという構成です。こうなるとホテル会社はブランドで集客することが役割なのですが、実際に集客しているのは消費者から信頼されているOTAチャンネルだったりするわけです。

過去50年で成長してきたホテル運営業界の様々な矛盾が膨らんできていて、いつか限界がくると感じています。その時のために私たちは、本来あるべきホテルブランドの姿、本来達成すべき現場の生産性、そこを目指していきたいと考えており、それがビジョンとして設定した「世界で通用するホテル運営会社」の姿なのです。

秋本:なるほどよくわかりました。それを目指すことで、長期的な持続可能性が期待できますね。一方、我々リートは短期的な視点にも関心を持って資産運用しなければなりません。その点はどうお考えですか。

星野:ホテル業界の過去50年間の成長は、投資と運営の役割分担が進んだことが牽引しました。ホテル運営会社の出現は、運営しなくても所有できるという世界をつくり、結果的に大きな投資資金をホテルの進化に誘導することができたのです。未来のホテル業界のさらなる進化と成長には、投資家とホテル運営会社が真のワンチームになり、顧客志向の戦略を推進できるかどうかがキーになります。お互いの短期的なビジネスニーズに双方が十分に配慮しながらも、長期視点の競争力強化に必要なリソースを確保し的確に当てていくというバランスが大事です。投資家にとって頼ることができるホテル運営会社とは、第一に卓越した市場戦略&ブランド戦略を実践できること、第二に高い運営生産性を達成する仕組みを持っていることであるはずです。この2つが事業体の長期的なサスティナビリティにつながります。私は、投資家とホテル運営会社の理想的なワンチームの関係を目指しこれからも星野リゾートを経営していきたいと思っています。

秋本:ありがとうございます。我々リートも、星野リゾートに歩調を合わせ、競争力を高め、そしてそれを維持し、さらに成長をし、真に評価されるリートになれるよう、新たなビジョンの設定をしたいと思います。今日はお忙しい中、長い時間ありがとうございました。

星野:ありがとうございました。

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