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2025年5月、観光庁から2024年版観光白書の発表があった。その内容は、期待通りの項目も多かったが、いくつかの点で予想と異なる内容もあった。観光庁が認識する課題や今後の政策の方向性も確認することができる。ここではそれらの一部を共有し、日本の観光市場の現状を確認しながら星野リゾートの取組みをご紹介しておきたい。

インバウンド市場の動向と課題

すでに報道されている通りインバウンド市場は増加した。2024年の訪日外国人観光客数は約3,687万人となった。これはコロナ禍からの回復期である2023年を大きく上回るだけではなく、コロナ禍前2019年の3,188万人を超えて過去最高となった。インバウンド観光消費額の増加は人数の増加率を超える数字となっている。2019年は4兆8,135億円であったのに対し、2024年は8兆1,257億円となった。国別の構成もコロナ禍前に比較して変化しており、米国、オーストラリア、フランス、カナダ、ドイツなどからの需要が倍増し、過剰だったアジア依存が減少、良い方向に向かっていることが確認できた。

これは日本の観光産業の努力の成果でもあるが、同時に2024年は円安が大きく貢献したと考えている。2025年以降の課題は、急速な増加でなくても良いので、確実に増加を続けることができるかどうか、そして国が目標としている6,000万人という数字を将来どこかで仮に達成したとしても、その後それを維持・継続することができるかどうかである。

ゴールデンルートと呼ばれる東京、京都、そして広島に抜ける観光ルートは、現時点で多くのインバウンド需要を得ているが、それはリピートさせにくい観光コンテンツであると感じている。インバウンドにもリピート訪日していただける内容を創造し強化していかないと、成長が鈍化したときに市場規模を維持継続することはできない。

インバウンドのリピートが確認できている観光コンテンツは、スキー・スノーボードを中心とする雪山観光だ。星野リゾートが運営する北海道のトマム、福島県のネコママウンテン、群馬県のMt.Tには、毎年のようにリピートする顧客が多く存在する。スキー都市宣言を発表し、7年かけて旭川市で需要を創造してきた「OMO7旭川」の2025年1月と2月の稼働率は95%を超えた。この期間の宿泊者の7割がスキー・スノーボード目的で、その約半分がインバウンドだった。私たちはリピーターの方々にヒアリングをかけ、全体的にはご満足いただいている滞在の中でも、さらに改善できるポイントを把握し、翌シーズンまでに実現しお伝えするようにしている。このようにインバウンド観光においてもリピート市場をしっかりと創造していく発想は、今後ますます重要になっていくだろう。

宿泊先では、東京、京都、大阪を含むトップ5都道府県への集中が、コロナ禍前の2019年よりも増している。インバウンドのリピート需要を創造していくためには、日本が得意とする文化観光だけでなく、今までは比較的苦手であった自然観光の強化が必要である。日本には多様な自然環境を有する35の国立公園があり、5つの世界自然遺産がある。こういう場所での観光コンテンツが強化されてくると、一度日本にいらした方々にリピート訪日していただく機会を作っていくことができる。そういう視点で星野リゾートは日本の山小屋ブランド「LUCY」を立ち上げ、2025年9月に尾瀬国立公園に第一号のLUCYを新規開業する。日本には300を超える山小屋があり、そこにはしっかりとしたファンが存在している。一方で、日本の一般的な山小屋の現在の滞在様式ではターゲットできない市場が国内外に多く存在しているのも事実だ。LUCYは日本の山岳観光に新しい市場を開拓する活動を行っていく。

国内市場の動向と課題

2024年の日本国内在住者による日本国内観光は、前年の21.9兆円を大きく上回り、25.1兆円と過去最高となった。これは私たちの肌感覚を超える大きな増加であった。

宿泊旅行統計調査の数字では、日本人の延べ宿泊者数は2023年よりも若干減少しているにもかかわらず、単価が大きく上昇したことにより旅行消費額が拡大した。

日本国内における旅行消費額

今年の観光白書では、久しぶりに国内需要の重要性を改めて確認し、その現状と課題について特集している。私は以前から日本の観光消費額の73.4%を占める国内需要の重要性を強調してきたが、今回、観光庁が国内需要について考察し、具体的な維持策について言及している点を大変評価している。

国内需要の動向で強調したい点は目的別構成比の変化である。出張による国内旅行は長期的減少が継続しており、帰省による国内旅行も同じように減少している。オンライン会議が普及する中で今後もビジネス目的の国内旅行は停滞すると予測している。唯一増加しているのは宿泊観光旅行である。2018年、星野リゾートがOMOブランドで都市ホテル市場に進出する時、ビジネス市場を捨て、都市観光需要に特化し、そのためのハードとソフトを揃えることに集中する選択をした。例えば、2024年に開業した「OMO7高知」は、リブランド前はビジネスホテルのイメージが強かったが、都市観光市場のニーズにあった改装を行い、OMOブランドに変更することによって新しい市場の開拓に成功している。OMOは、発表している2軒の新規開業を含めると全国で18施設と拡大しており、ブランド戦略の効果を確認した。今後もOMOブランドの市場での認知率をさらに上げ、国内の魅力ある都市に進出していきたい。

2つのパラダイムシフト

星野リゾートは、2つの大きな環境変化が競争力に影響すると考え戦略を進めている。第一は、依然として国内需要が市場の大半を占めるため、この市場からの集客が最も重要であるという事実は変わらないが、インバウンドの市場規模は予想を超えて成長しており、インバウンドの集客力なくして競争力は維持できないということだ。星野リゾートの大半の施設が、地方の観光地や地方都市にあるにもかかわらず、星野リゾート全体の取扱高の内、2025年はインバウンドの比率が28%を超えてくると予測している。特筆すべきは、インバウンド集客においても約66%が直予約であることだ。

星野リゾート2024年インバウンド予約のチャネル構成比

海外では、星野リゾートブランドの認知率は国内に比べて低い。

それにもかかわらず直予約比率を高く維持できている理由は、2004年から長い時間をかけてインバウンド戦略を進める中で、つねに自社予約比率を最も重要なKPIと位置づけ、様々な仕組みを構築してきたからである。日本に訪れることを計画する時、ホテルの部屋を予約する前に地域情報をオンライン上で把握するため、そこにしっかりとタッチポイントを作り、自社ホームページに誘導する仕組みを構築してきた。直予約を優先するため、海外のオンライントラベルエージェントのチャネルを積極的に絞っている。「星のや京都」や「リゾナーレトマム」を含む多くの施設で、海外のオンライントラベルエージェントとは契約しない状況を達成できている。

もう一つの環境変化は、AIが消費者のホテル予約をサポートする時代が始まっていることだ。ブランドマーケティングとは、人間の脳の限界を逆手に取ったマーケティング手法という側面があるが、無限の記憶力と先入観ゼロのAIに対してはブランドの影響力は弱くなるだろう。そういう時代に自社サイトでの予約のしやすさが大きな競争力になると考えている。観光宿泊業界の予約サイトを見ると、ホテルの部屋はまだまだ買いにくい面が多々ある。「Ease of Access」が競争力になるという5way positioning 理論を採用し、長年この分野の研究と開発を進めてきており、2025年後半から数年かけて予約サイトに新しい機能を順次導入していく予定だ。

それは自社予約比率を高めるだけでなく、サービスがコモディティー化する中で、自社運営施設への需要拡大に貢献すると確信している。

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